2025年01月02日
多賀城政庁復元
【念願】
元旦の河北新報に『多賀城政庁』復元への記事が掲載されました。次世代、未来、後世を願い長年にわたり私も祈願した夢と志であります。感無量でございます。

『万歳!万歳!万歳!』

我々の郷土である宮城郡の広域地域は、古代東北の政治文化の中心地であり、奈良・京都との都との文化交流が行われた『遠の朝廷』東日本の中心地が国府多賀城です。

今までは、歴史背景を大和朝廷の蝦夷討伐にばかり着目点を置く方が多いのですが、私たちのふるさとの千年風土は、古代東北の都の政治文化交流が礎にあります。古代における大和国家プロジェクトにおいて最先端の農業、製鉄、陶芸、仏教などの文化交流の地域であります。
古代38年戦争の先人たちの苦しみは、忘れることは、けっしてあってならない。大和朝廷と蝦夷の若者平民たちが、命を掛けて戦った苦しみの戦いです。
しかし、その混迷の中でも、先人たちは、代々にわたり、地域に根差した風土を命を掛けて守り、現代まで引き継いできたものです。宮城に根差した千年風土の礎は、大和朝廷と東日本の政治文化交流が、根底にあると察します。その風土形成の拠点が、多賀城政庁であります。
当時の文化交流の内容を、有識者、見識者で深く紐解いてゆけば、必ずや多賀城政庁を中心とした広域圏が、世界文化遺産にも認められる可能性も出てきます。
そのような意味合いでも、多賀城政庁復元は、当時の建造物の建築工法は、伝統建築に最大限に近づけてゆくことが、最大のポイントになります。南門復元のように栗の古木を用いる自然素材で形成されるからこそ、建造物に経年変化、経年美化が醸成されます。間違っても、予算をケチって鉄筋コンクリート構造の多賀城政庁モニュメントの復元にしたのでは、何の意味も失くなります。偽物は、所詮、偽物です。
私は、古代東北の都の文化に誇りを掛けて、伝統建築モニュメントの建設でなければならないことを断言いたします。

弊社の2024甲辰外観ファサード改装も、焼杉工法、土壁工法、柿渋工法、栗の古木を使った沢床デッキと、全て伝統建築から来る伝統工法を用いた由縁も、古代東北の都の魅力が、歴史背景に合ったことと、伝統建築の自然素材の経年美化が、歴史文化を体感できる癒しの情景となるからです。

多賀城政庁が伝統建築で復元されれば、平城京・平安京、福岡大宰府と並ぶ日本三大史跡として、宮城県たけでなく、東日本の観光の拠点として、全国、世界から旅人が、訪れるはずです。東北の各地との連携も盛んになるはずです。そして、霊山蔵王連邦、日本三景松島湾と共鳴して宮城の魅力が自然風土、歴史文化と響き合い、宮城の魅力の本質が醸成されると考えます。



我が町利府も、国府多賀城府中の北宮・北門である府中でございます。多賀城府中の北門である利府なこその関があったと云われる関跡の伝統建築モニュメント建設も見えてきます。。

そして、多賀城政庁の歴史文化の背景がある宮城郡利府は、古代国府多賀城の瓦や須恵器の陶芸を支えた巨大遺跡である #春日窯群遺跡 があります。現代に復活されている地域振興産業が、正に #利府焼 です。多賀城政庁復元において、利府の陶芸の魅力醸成に拍車が掛かると察します。


世界的に人気の観光地において、地域の歴史的建造物と地域の食文化は、一心同体でもあります。#食材王国みやぎ としても、地域に根差した風土の魅力が、世界に醸成させるチャンスとなり、地域に根差した食文化がサスティナブルに未来永劫に発展反映してくれる礎となると考えます。
『夢は叶う 願いは叶う』
料理宿・沢乙うちみとしても、古代東北の都に誇りをかけて、そして自信を抱きながら、宮城利府の魅力醸成に邁進してゆく所存でございます。
『宮城の未来に幸運あれ!GOOD LUCK!!』
沢乙 うちみ
当主 内海貴史 (史を貴う)
#多賀城政庁
#広域文化圏
#広域観光圏
元旦の河北新報に『多賀城政庁』復元への記事が掲載されました。次世代、未来、後世を願い長年にわたり私も祈願した夢と志であります。感無量でございます。

『万歳!万歳!万歳!』

我々の郷土である宮城郡の広域地域は、古代東北の政治文化の中心地であり、奈良・京都との都との文化交流が行われた『遠の朝廷』東日本の中心地が国府多賀城です。

今までは、歴史背景を大和朝廷の蝦夷討伐にばかり着目点を置く方が多いのですが、私たちのふるさとの千年風土は、古代東北の都の政治文化交流が礎にあります。古代における大和国家プロジェクトにおいて最先端の農業、製鉄、陶芸、仏教などの文化交流の地域であります。
古代38年戦争の先人たちの苦しみは、忘れることは、けっしてあってならない。大和朝廷と蝦夷の若者平民たちが、命を掛けて戦った苦しみの戦いです。
しかし、その混迷の中でも、先人たちは、代々にわたり、地域に根差した風土を命を掛けて守り、現代まで引き継いできたものです。宮城に根差した千年風土の礎は、大和朝廷と東日本の政治文化交流が、根底にあると察します。その風土形成の拠点が、多賀城政庁であります。
当時の文化交流の内容を、有識者、見識者で深く紐解いてゆけば、必ずや多賀城政庁を中心とした広域圏が、世界文化遺産にも認められる可能性も出てきます。
そのような意味合いでも、多賀城政庁復元は、当時の建造物の建築工法は、伝統建築に最大限に近づけてゆくことが、最大のポイントになります。南門復元のように栗の古木を用いる自然素材で形成されるからこそ、建造物に経年変化、経年美化が醸成されます。間違っても、予算をケチって鉄筋コンクリート構造の多賀城政庁モニュメントの復元にしたのでは、何の意味も失くなります。偽物は、所詮、偽物です。
私は、古代東北の都の文化に誇りを掛けて、伝統建築モニュメントの建設でなければならないことを断言いたします。

弊社の2024甲辰外観ファサード改装も、焼杉工法、土壁工法、柿渋工法、栗の古木を使った沢床デッキと、全て伝統建築から来る伝統工法を用いた由縁も、古代東北の都の魅力が、歴史背景に合ったことと、伝統建築の自然素材の経年美化が、歴史文化を体感できる癒しの情景となるからです。

多賀城政庁が伝統建築で復元されれば、平城京・平安京、福岡大宰府と並ぶ日本三大史跡として、宮城県たけでなく、東日本の観光の拠点として、全国、世界から旅人が、訪れるはずです。東北の各地との連携も盛んになるはずです。そして、霊山蔵王連邦、日本三景松島湾と共鳴して宮城の魅力が自然風土、歴史文化と響き合い、宮城の魅力の本質が醸成されると考えます。



我が町利府も、国府多賀城府中の北宮・北門である府中でございます。多賀城府中の北門である利府なこその関があったと云われる関跡の伝統建築モニュメント建設も見えてきます。。

そして、多賀城政庁の歴史文化の背景がある宮城郡利府は、古代国府多賀城の瓦や須恵器の陶芸を支えた巨大遺跡である #春日窯群遺跡 があります。現代に復活されている地域振興産業が、正に #利府焼 です。多賀城政庁復元において、利府の陶芸の魅力醸成に拍車が掛かると察します。


世界的に人気の観光地において、地域の歴史的建造物と地域の食文化は、一心同体でもあります。#食材王国みやぎ としても、地域に根差した風土の魅力が、世界に醸成させるチャンスとなり、地域に根差した食文化がサスティナブルに未来永劫に発展反映してくれる礎となると考えます。
『夢は叶う 願いは叶う』
料理宿・沢乙うちみとしても、古代東北の都に誇りをかけて、そして自信を抱きながら、宮城利府の魅力醸成に邁進してゆく所存でございます。
『宮城の未来に幸運あれ!GOOD LUCK!!』
沢乙 うちみ
当主 内海貴史 (史を貴う)
#多賀城政庁
#広域文化圏
#広域観光圏